自由にすることが怖い

 

こんにちは

心理セラピストのかねこ めぐこです。

 

広島でリトリーブサイコセラピーという心理療法で悩んでいる方の問題解決のお手伝いをしています。

 

心理セラピーをもっと身近に

あなたの人生を歩めるように

 

台風一過

また暑い日が戻ってきました。

それでも風がある分マシかもしれませんね。

私の休みはあと少し。

堪能したいです!

 

 

さて。夏休みの宿題の苦い記憶

思い出すのは「食パンにカビを生やしたもの」

 

ただただ食パンにカビが生えていく様子を観察した自由研究です。

なかなかのシュールな出来上がりで当然ですが、最後にはすべてカビました。

全然楽しくありませんでしたね。

 

 

理科の夏休みの宿題で何を研究してもいいんですが、

自由研究が大の苦手だったのです。

これでも一人で一生懸命考えて何とか宿題をこなそうと頑張った結果だったのですが

とてもしんどかったので、記憶として残っています。

 

 テーマが決まっていると安心するのですが

自由にやれと言われると、何をしていいのか分からなくなり

頭が真っ白になって思考が停止してしまっていたのですよね。

 

今ならどうしてこんな状態になっていたのかはわかりますが、当時は全く分からず

そしてしんどかった思い出です。

 

f:id:megukokaneko:20190816141602j:plain




 

 

 

Mさんもそんな状態でした。

 

会社でも子供の役員会でも

なにか提案を求められると困ってしまいます。

意見を言うことや決めることが出来ないので

誰か決断力のある人に頼ってしまいます。

 

決まったことをすることは比較的容易なんです。

ですが自由になにかをすることが出来ないのです。

自由になにかをしろと言われると困ってしまうのです。

自由は自由で自由なのに、何をしても良いと思えていないんです。 

 

 

子供のうちは親の言うとおりにしていても、大きな問題になりませんでした。

むしろ先生や親の言うことを聞いている子供のほうが評判が良かったりします。

ですが大人になってもそのままだと、言われたことしか出来ない指示待ち人間となってしまっていました。

Mさん自身認めたくはないですが、そんな風になっている自覚はありました。

 

 

なんとかそれなりに毎日をやり過ごしているのですが、何か選択しなければいけないことが起こると

心の中ではいつも誰かの指示を待っている。

誰かに決めてもらいたい。

そんな自分は一般的にはあまり良くない、もっと発想力や決断力があって自由に行動出来たらカッコいいだろうに、、、と思っていますが

誰かが指示をしてくれさえすれば、それに従っているだけで責任も取らないでいいし、怒られても自分のせいにされないという安心感があったのです。

 

 

 

f:id:megukokaneko:20190816142452j:plain



 

 

これは厳しい親に育てられ主体性を奪われ、自由意志や感情を表現することを禁じられている状態なのです。

Mさんにとって、「自由に表現すること」は親の意志とは反することで、居場所がなくなってしまうような恐怖に結びついていました。

 

 

Mさんはしつけの厳しい両親に育てられ、自分の感情や自由意志を尊重してもらえるという経験がありませんでした。

Mさんの言うことやることは常に否定されるので自分の意見に自信を持つことが出来ず

だんだん自分の意見を持つことを諦めて親の言うとおりにしていれば安心。認められることをやっていれば問題ないということを繰り返しているようになったのです。

そのうちに自分の意思で物事を決めたり行動したりすることが怖くなり、決めない、選ばないとい状態になっていました。

 

結果、自分の意志や好きなものを選べない、決められない状態になっていて

意見を求められても応えることが出来ず、自己否定を抱え他人に従うことで居場所を確保してきたのです。

 

 

 

この状態でいると生きていることはとても不本意なのです。でもどうやったら自由に考えることが出来るのか?分からないのです。

 

 

根底には自由にした時に感じた、居場所がなくなる恐怖がありました。

自由にしたことで、親から怒られ否定され続けていると、親にも見放されるような恐怖を感じてしまいます。

 

何が原因か分からない

その時の親の気分次第
親の都合で判断される

基準が無い、もしくは親次第なので

子供にとってはパニックです。

 

 

子供が親から見捨てられるということは

生きていけないかもしれないという恐怖を感じるもの

それがなにが原因でそうなってしまうのか分からないという状態でいることは

どこに地雷の埋まっているか分からない草原を一人で歩いているような感覚でした。

そして言葉で脅されたり、実際に家から追い出されたりする経験を重ねるとそれは実感としてとても怖いこととして感じる。

 

親に見捨てられないようにするために

小さな子供が選んだ生きる方法として

親の言うとおりにすること、自分で考えることを放棄する。。。という自分を放棄する決断だったのです。

 

 

 

考えず、責任を負わないことは一見楽なように思えますが、

自分を殺しながら生きているような状態なのです。

 

 

f:id:megukokaneko:20190710204536j:plain

 

まずは家庭の中で感じ続けていた恐怖の感覚に向き合い

癒していくことから始めていったMさん。

とても辛かったけれど誰にも分かってもらえなかった恐怖や悲しさや怒りもだんだんに解放されていきました。

 

そして、これからどう生きていきたいのか?

という本来の欲求についても目を向けていけるようになっています。

 

 自分の人生は自分で選べます。

 枠の無い自由な世界は、その広さに不安を感じることもあるかもしれません。

ですが、まず一歩。

一歩を踏み出し、自分の人生を模索していることを楽しんでいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

megcocoro.hatenablog.com

 

大阪でリトリーブサイコセラピーの基礎講座が

始まります。

心の勉強をしながら自分と仲間と向き合いが出来る6日間です。

 

www.yourexcellence.jp